道具取合の事 その三

茶入と茶杓

炭斗と火箸とのごとし。茶入の大に、長きを用ゆ。小ぶりには短かきを用ゆ。末流に茶杓の寸法定るよし。当流にて、茶杓寸法不定と知るべし。当流にては、茶杓・茶入の伝授重し。中にも茶杓は、禅家の拂子の如し。当流の極意なり。宗旦より宗徧への一書添えの故に、肉量に習い有り。櫂先に極秘の伝有りと「要録」に出ずる。筒のけずりよう、杉にて口伝の作りようも、利休巳来の製あり。節を付けたる茶杓、利休より始まる故に、台天目、盆点は古風たるにより、象牙の茶杓を用ゆ。又は、無節黒ぬり、桑茶杓なり。樋なしは、宗旦より始まる。

茶入と茶杓の取り合せは炭斗と火箸の取り合せと一緒だという。ただ、茶杓は茶盌に載せて持ち出すので、利休七哲の一人瀬田掃部の大振りな高麗茶盌に大きな茶杓を取り合わせた逸話も考慮しなければならないであろう。
当流では茶杓の伝授は「禅家の拂子の如し」といわれ、流祖は「茶杓は宗引、花入は権平上手なり」と常に話していたという。また、高弟の時習軒岡村宗伯にも茶杓伝授の一書添えが伝わったとされているが、それが宗徧筆のものなのか、上記の宗旦のものなのかは定かではない。
流祖宗徧は茶杓や花入を数多く作ったとされ、茶杓は現在でも百本以上が伝世されていると思われる。世間では、細身で華奢な茶杓が宗徧作とされているが、ただ単に抹茶を掬う匙としての評価しかされていないのは残念でならない。すでに流祖の頃に完成されていた「宗徧茶の湯」の一端がここにある。
また、最後の「樋なし」の茶杓は流祖作のものが多数みられるが、宗旦作のものは一度も見たことがないので再考が必要であると思われる。

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