第十六 花入様の事 便蒙一 一八左 その五

一、懸る花入は金物・陶物・組物・瓢竹なり。竹に切様三色あり。一重伐・二重伐・尺八なり。此の三品ばかり書きたるは、此の三品、利翁時代より極りたる花入なり。二重に大小あり。輪なし・細尺八は宗旦より始る。細尺八の始り、是楽と号す。四寸廻り二節なり。八寸五分なり。小二重尺八は八寸廻り定式といえども、竹の格好ふりにて、ふときも伐る。大二重は花生として勝手に用いたるを、没後作りたるを賞して床へ出だしたるより座敷へも用うる事になれり。花入と惣名いうべし。花生というは、水遣に花を客前に活けて置く具なり。寸法、『具図絵』に出ずる。竹の花入、伐様、墨打、習とする事は、其の竹の形、格好により、寸合・表のふり・見立、甚だ切る者の業なり。茶道未熟の者する時は見難し。依て其の師より免を得て伐るべき事なり。

前述の竹花入についてより詳しく述べているのが上記文言である。利休居士は一重伐・二重伐・尺八の三種を作り、以来、竹花入の形が色々と工夫されてきた。

陸安集では輪無二重伐と細尺八は宗旦居士が始めたとされるが、現在、輪無二重伐は遠州侯の「再来」が著名でこの再来がその始めとされているが通説であると思う。

当流では「此の三品、利翁時代より極りたる花入なり」とあるように一重伐・二重伐・尺八の三種を基本として、宗旦居士の輪無二重伐、細尺八を含めた形を用いている。

茶杓も同様であるが、流祖山田宗徧が好んだ茶器はすべて利休居士、宗旦居士の好みに忠実で、それをより洗練し昇華させたものが多い。

その反面、流祖が独創的に好んだ形というものはほとんどなく、著書同様、宗旦師の頃までに伝わっていた千家流の茶を後世に伝えようとした姿勢が見て取れる。

また、「竹の花入、伐様、墨打、習とする事は、其の竹の形、格好により、寸合・表のふり・見立、甚だ切る者の業なり」とある様に竹花入の伐り様は事に難しく、当流においてその伝授は茶杓とともに重く扱われてきた。

流祖が洗練させた竹花入は現代においても数多く伝世されているので、機会があったら是非見て戴きたいものである。

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