第十六 花入様の事 便蒙一 一八左 その二

一、釣舟懸くる折釘は落掛の内の方、真中に釘を打つべく、花入様、当代は朝晩の替りにて出舟、入舟の習いあるよし、当流用いず。竹・唐金・陶とも花入の表にして懸くべし。花入様も出舟入舟の差別もなし。当流の投げ入れの常の通りなり。当流に好まずというは、風流にて伊達に見ゆる故に、茶事には猶更出で難し。常には用うべし。宗徧第一嫌いなり。宗旦の釣舟を竹縁の下に打込置かれしを、或る弟子、見出だし、旦翁在判の釣舟、是に有り。和尚、いかがと言いしに、面白くなき物ゆえ不用と言われしを、所望しければ、心安く与えられしなり。宗円物語なり。宗徧の気性、是にて知るべし。惣じて当流には茶器、新古、値の高下に構わず、其の器の形素直にして出来の宜しきを用いる事、肝要なり。宗旦作の自在竹、長屋住居の時、長きとて、宗徧切りて用いられしなり。其の自在竹、宗円より時習軒へ贈りて、門弟の知る所なり。其の切り残り、旦翁在判の所を宗徧の嫡久作、根付にせられ、常に帯たるを見たる由、宗徧咄し、恕翁物語なり。

流祖の釣舟嫌いはよく知られている。伊達に見えるからと言って宗旦在判の釣舟を竹縁の下に打ち込んでしまったり、長屋の天井が低いからと言って旦翁在判の自在竹を切って用いる流祖の気性は、常人には理解し難いものであろう。

茶道便蒙鈔、茶道要録、陸安集などで山田宗徧という茶人の跡を追っていくと驚くほどに独自の茶の美意識が展開され、それに基づく茶法が事細かく規定され、他人にはどうでも良いと思われる事柄にさえ一定の基準を設けている事がわかる。

それらを繋げていくと山田宗徧という人の物の考え方や価値観などが見えてくるように思う。

話は逸れたが、陸安集では釣舟の花入を常には用いてもよいとしているので稽古には差し支えないのであろう。

他流では茶事の催される時間帯によって出舟、入舟の区別をするようであるが、当流ではそのような事はせず、花の入れ様も常の如くにするという。

また「当流には茶器、新古、値の高下に構わず、其の器の形素直にして出来の宜しきを用いる事、肝要なり。」とある様に茶器(茶の湯に使う全ての道具を指す)の新旧、価格の高下に関わらず形素直で出来の良い物を用いるとある。

伝来の整った良い道具を拝見するのは目利きの上でも茶人にとって必須の項目であるが、江戸時代、将軍家や各地の大名家、富商などが所蔵していた名物道具は現在その多くが美術館などに所蔵され、機会があればそれら名品を直接見る事が出来る。

江戸の世では一般庶民が決して見る事が出来なかった名品の数々が手軽に拝見出来る現代に生まれたのは有り難い事だと思う。

しかし、現在は道具茶が主流で、箱書きが並べ立てられた席に入ると何故か息苦しい気持ちになる。

伝来を尊ぶが故の結果であろうが、当流のような発想があっても良いように思う。

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