一、座入の事、惣じてよくよく考えざれば、騒がしきものなり。上座は正客に随いて定むべし。他の流れの者と、客中組み合いたる時、当流か様、末流は非議など心得たる時は、かえりて失礼にも出来るものなり。自分正客たらば、心得たる通りにすべし。
現在でも騒がしいものである。大寄せではこの意でない事で座を譲り、席が遅れる事が度々である。
今も正客に随うのが無難であると思う。因みに当流では、「何畳敷如何様の勝手にても、座敷上座は床ある方なり。」と陸安集では明記されている。
ただし、「座敷居替わり」という事があり「是は貴人主人、御同伴の時の事なり」とされ、座敷によっては上座(床)の方に給仕通い口があって、給仕通いの際に、貴人の御前を何度も通る事になり無礼になるので、御詰がこれを申し上げて貴人を下座になおす事をいう。
後の座入りの際には、その差し支えがない為、貴人には元の様に上座へ御着座して戴く。
現代では貴人をどのように定義するか、それぞれの考え方に依るが、師匠はご出家された方をもてなす際には天目でお茶を差し上げるようにと常々話している。
また、他流の如くそれ以外の意味で居替わる事は当流にはないという。
第八 後の座入りの事 便蒙二 九左 の中に以下のような記載がある。
「末流にては茶道前、見えずとて是非、居替わりをする心得ず。此の居替わりを、心得違いたるものなるべし。然れども、初めに書きたる如く、他流の人正客たらば、それぞれ従い座すべきなり」と。
前述の通り他流の人が正客であれば、その人の作法に従うのが和する事にも繋がるという意味であろう。
