道具取合の事 その一

第二十二 道具取合の事 釜と炭斗 便蒙一 三十右

一、大釜は、小ぶりの烏府、小釜は、炭斗大ぶり然るべし。釜、大小の内にても、釜高きには炭取下く、釜ひきくは、炭取高く、此の了簡にて取り合わすべし。夏には必ず、組物菜籠なり。冬は、瓢を用う。さりながら、侘人は、格別一理には定まらずなりというは、冬組物類は苦しからず、風炉にふくべは、用うばからず。  ※「炭斗」「烏府」「炭取」はどれも同じ。

道具の取り合わせは難しい。上記文章には冬は瓢を用いるとあるが、現在の瓢の扱いは口切の茶事に用いられ、侘び人でなくても炉に菜籠などの組物類を用いるのは常である。
また、道具の大小に関しては、便蒙抄や要録にも多く記載されており当時から重要な項目であった事が伺える。
この取り合わせについての流祖の逸話が知られている。それは「宗徧言語 山田宗屋聞書」という流祖の次男、桃葉庵宗屋が父から聞き及んだものをまとめた書物に書かれているので以下に掲載したいと思う。

一、道具と道具置合せの口伝、小笠原山城守 城州様片桐石州殿へ茶湯に御越、御帰成り候て徧子へ仰せらる、大きなる釜に小き水壺を用ゆる事、釜に湯気多き故に水の用少し、此故水壺少し。又小釜には水壺大き成るべしと謂れし、宗徧曰、否左様の儀にて無之大き成る釜に大き成る水指はアグミ申候、又小き釜に小き水指は假ば雛遊びのように御座候、大に小を置合せ申す事、皆陰陽の心得にて御座候。水指小さき時水不足なれば勝手より片口に水を持ち出し、幾度指添え申候、石州の被仰しは御心得違と申す、此時城州様尤も成る事と御意の由。茶入茶碗の取合せも皆これなり、可心得事也。

天下一の宗匠であった片桐石州侯の茶事へ小笠原城州侯が招かれた折の話であるが、帰ってきた城州侯が
茶頭の宗徧に置き合せについて尋ねたものである。
石州侯が釜と水壺の置き合せについて、大きい釜には小さい水壺で十分用が足り、小さな釜には水を多く用いるから大きな水壺を用いると「用」の観点から論じたのに対し、宗徧は「陰陽の心得」から説明している。この「陰陽の心得」については、茶道要録に詳しく述べているので以下に掲載する。

茶道要録 巻之上 主法 目録
 追加 道具与道具取合之事
夫レ器ト器ノ取合物好ノ肝要 数寄者タルノ眼也。方二圓ト、大ニ小ト、高ニ低ト、広ニ狭各々体用相応アリ。是レ道ノ元ニシテ易ニ所謂ル一陰一陽道ノ始ナリ。不得止ノ理是也。利休能識テ用行モノカ 当道ヲ勤テ名アル人ノ説トテ云ク。釜ノ大ニ水壺ノ小ヲ用ル事、湯多カ故ニ水ノ所用ナシ。小釜ニ大水壺ヲ用ル事水多ク可用為ト也。尤一理達シテ聞ニ悦ブ。我所伝不然。各々大小ヲ応スル事陰陽体用ノ至極如前ト。或説モ亦善理ニ似タリト云共本理ニ非ルヲ以テ不合ス。其四方ト圓形ノ弁ハ如何ン。又茶盛ノ小ニ茶盌ノ大ヲ如何トカセン。諸道其本ヲ学バンニハ不如。故ニ聖語ニ本立而道生ト云リ。

前述の石州侯のエピソードを要録で述べたようである。要は釜と水壺の関係は「用」の観点から論じられるが、四方形と円形の道具の関係や小さい茶盛と大きい茶盌の取り合わせは「用」の観点からは説明がつかない。その関係は四角と円、大に小、高いと低い、広いと狭いという陰陽の原理で説明できるとされている。なかなか難しい話であるが、この一陰一陽の道も易(宗易、いわゆる利休さんの事)が始めという。

次回もこの陰陽の原理を元に、他の道具について述べたいと思う。

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