第二十 薄茶の事  便蒙一 二十八左 その一

一、客も亭主も隙にて、緩々と咄ある時は、二度めの火うつり、湯煮えたる時分、薄茶点つるべき由を云いて、水壺持ち出で、諸道具段々持ち出で、茶を点つる事なり。其の品濃茶におなじ事にて、釜の中蓋もせず、客、茶、呑む内も蓋閉めざるなり。外に替わる事なし。諸道具も、最前用いたる物にて、品を替ゆるは悪しし。其の日の客へ、馳走に出だしたる物なり。又、侘人は釜も、水壺も、一つならでは所持せざるなれば、尚更、其の心得なり。
末流に薄茶茶碗と名付け、小ぶりを出だし、又、数も出だす、用いず。三服位点てらるべき茶碗にてさえあれば、大小に構わず用うべし。初め、薄茶入、堂庫か棚にあらば、茶碗ばかり持ち出で、置合するなり。薄茶は、必ず別の器に入る。濃茶の残りを、薄茶に用いる時は、茶入に入たる儘、置合するなり。是は古風、紹鴎時代の事なり。 

当代は大寄せの茶会が主流で、茶会というと薄茶席が多く、濃茶席の道具組に比べ薄茶席の道具組は軽いものが扱われている。
入門した頃はこれが当たり前で、この道具組の軽重に関しては考える余地のないものだと思っていたが、色々と調べている内に侘び茶を基本とした場合の矛盾がいくつも生じてきた。
確かに、侘人は多くの道具を所持出来なかったので用いる道具は最小限にならざるを得ず、その為、侘人は四季を通して用いる事が出来る道具を持たざるを得なかった。
それを基本に据えて現代のような薄茶席の茶会をしようとすると、道具組は薄茶入のみ替える事になり、他は濃茶席同様、重い道具組あるいはその区別すらしないという事になろうか。
また、濃茶の残りを薄茶に用いる場合の扱いは紹鴎時代の事という。この場合は仕覆を用いず裸で飾るとも書かれているが、当時でも跡見の茶会以外ではあまり用いない作法であったようである。
ちなみに、文中の「釜の中蓋もせず、客、茶、呑む内も蓋閉めざるなり。」とは薄茶なので中仕舞い、中開きはしないという意味になろう。

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