一、盆点、臺天目、臺子は古実故に、習いとする。然れども、末流のごとく、当流に秘事とする事はこれ無し。其の人の点前手練する時は、追々其の位にてゆるす。又、初学の人たり共、貴人招請か、茶入拝領の時は、其の人の所望によりて、これを免す。其の故に荒増「便蒙」に出だし置くなり。是を習いたりとて、手前初めより、よく成るべきと思うのは僻事なり。委敷は別記す。
流祖が著した茶道便蒙鈔や、茶道要録には盆点や臺天目など他流では(当流でも?)秘事に近いものが詳細に記載されており、それが出版という形で世間一般的に知れるという事は現在でも憚れるような事と思われる。それを、元禄三年(1690)に「茶道便蒙鈔」を、翌元禄四年(1691)に「茶道要録」を相次いで出版したという事は、江戸の世を考えても革新的な事と云わざるを得ない。
しかし、上記文章をお読み頂ければお分かりかと思うが、読んだだけで点前が出来る訳ではなく、初心者に教えたからといって点前が上達する訳ではない。後に述べるがしっかりと師家に就いて修業する事が必要であるとも書かれている。
また、当流に秘事とする事はこれに無し。これも所々に書かれている事で茶の湯は本来、隠者の愉しみとして始まったもので、それ故に秘事はないとしている。
一本筋が通っているというべきか、合理的というか、この伝統が現在まで伝わっていない事が残念でならない。
なぜ、宗徧流なのか。他流を末流と称する気概。歴史の中にその答えがある。
