「当代は数寄屋を茶の別室に心得、茶の湯一通り首尾よく済む。主客、御草臥にてあらん、座敷へお通り休息あれといわんばかりの仕方なり。然るに其の筋はあきて外座敷へ通る事、面白からず、気づまり、草臥る程ならば、広座敷持ちたる人は初めより其の席にて咄し寛話したるこそ快からん。いらぬ狭き所へ押し合いて、寒暑もいとわず潜り入り、茶を呑む人こそ人のために数寄く人ならん故に、当流にては何畳敷にても茶を点る所をさして数寄屋小座敷というと宗徧いわれしなり。故に茶たしなむ者は、薄茶呑むも茶事、行き掛りに干菓子など食わせ茶点るも茶の湯なり。外なし。よくよく此の所考え、平日了簡あるべし。茶人と云いながら、座敷様子ばかり躰をなし、不断、湯もなき人あり。是は又、一向に論にも及びがたしと宗円、宗恕、快談を記す。」
陸安集が著されたのは延享二年(1745)の事なので、今から276年前の当時を語っている事になる。この文章をお読み頂ければ分かると思うが、小間の茶の湯が良いと云っているのではない。広間を持っている人なら最初から最後まで広間で歓談するべきで、一会の中で小間から広間へ移る事への苦言を呈しているのである。侘び茶は釜一つ、水壺一つ、炭斗も菜籠一つで一年を過ごすような手元不如意の侘び人がするもので、当流は本来そこに焦点を置いているはずである。
用いる道具は最小限に留めるべきなのに、小間の他に広間の道具も誂えてしまっては侘びの心にも通わない。現在、宗円、宗恕が快談をしたように普段から釜に湯を沸かし、客を迎える準備を怠らない茶人がどれだけいるだろうか。
陸安集には今日にも通じる内容が多く、茶の湯の本位はすでに276年前から失われつつあった事が窺われる。しかし、現代においては生活環境も更に多様化し、その源流に帰る事すら難しい状況であると思う。
個人の力では如何ともし難いが、自らの至らなさを嘆く昨今である。
